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北千住再発見! きたせんじゅ・Blog 月別アーカイブ:2005年1月
2005年1月27日
散歩の達人 2月号
さて、昨夜久しぶりにBar Refugeに行ってみると、マスターが「散歩の達人の今月号にRefugeが載ったんですよ」と言うではないか。管理人、最近本屋に行ってなかったので、全然知らんかった。さっそく雑誌を見せてもらうと、おーっ、特集が「千住 THE 下町」だって。というわけで本日、町の書店で買って帰り、じっくり読んでみた。
我がきたせんじゅ・ねっとやきたせんじゅ・Blogで紹介しているお店もいくつか載ってたりして、なんとなく嬉しい。もしかするとうちのサイトをチェックしてから、取材に行ってたりして。「北千住」でインターネットで検索すると、すぐにきたせんじゅ・ねっと出てくるもんね。
Refugeやあさり食堂が紹介されているとは、なかなかいいところに目をつけてるやん。他にも管理人がまったく知らないお店もたくさん紹介されてあったりして、千住で暮らしている人にも楽しめました。
しかし、なにゆえ千住なんだろう?住めば都と言う言葉もあるが、管理人にとって、この街はまさに都。非常に居心地がいい。住み始めた当初はそんなふうには思わなかったが、あらためてなんでだろう?
理由は多分いろいろある。友人や、なじみの店が増えたことも理由の一つだろう。荒川の土手が広々としていてランニングには最適で、季節になれば釣りが楽しめることや、近くにまあまあ設備が整った図書館があることや、上野や銀座にアクセスしやすくて便利なことや、下町情緒豊かな商店街もあれば、マルイやルミネがあって買い物にも便利だったりと、数えてみればいろいろある。
不思議なことに管理人は北千住と足立区はまったく別物のような気がする。北千住の住民だなと思うけど、足立区民だと思うことはほとんどない。逆に言えば、北千住以外の足立区とは何なのか、実のところほとんどわかっていない。東綾瀬公園での週末のテニスや東京武道館に通うときにいく綾瀬に多少なじみがあるぐらい。もともと足立区で育った人間じゃないからそう思うのかもしれないんだけど。
千住が昔どうだったのか、なんとなくイメージはついても、それを懐かしんだりすることもない。管理人にとって懐かしい風景というのは、生まれ育った震災前の神戸市長田区だ。だが、今はその風景もガラリと変わってしまい、管理人の記憶に残る風景はどこにもない。
将来、管理人が東京を離れて別の都市や街、あるいは海外で暮らすことになっても、東京に拠点を残しておくのなら、北千住に居場所を確保していたいなと思うのは、気取らない日常があって落ち着くからなんかなと思う。まさに住めば都。住まなければ、その良さがわからない街なのかも。
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2005年1月24日
PAUL 北千住店
今日(日曜日)のお昼に食べるものを買いに、マルイの地下1Fにある「PAUL 北千住店」に行く。
PAULは、パリに80店舗を展開するフランスで最も有名なブーランジェリー、パン屋さん。
土曜日か日曜日のお昼はよくここのフランスパンのサンドイッチを買う。むっちゃおいしい。
いつも並んでいるが、商品の名前が、たぶんフランス語なんで、一瞬どう読んでいいものやらわからず、「あの細長いヤツ」「そっちの白いパン」とか指さしてオーダーしているお客さんもいる。
管理人はだいぶ慣れたので、ちゃんと商品の名前を暗唱して言えるが、店員さんも確認するのに「ええと、アンシャン・ジャンポンクリュ、お一つですね」とかなかなか言いにくそう。でも発音が難しくても、覚えづらくても、めげずに食べてみるといい。
今日買ったのは、
・アンシャン・ジャンポンンクリュ
・アンシャン・セザレ・カマンベール
・クロワッサン・オ・フロマージュ
・フロマージュ
これと東口のドトールで「フレッシュ・オレンジジュース」を買って家に帰り、カミさんと分けて食べる。
ジャンポンクリュは、生ハムをはさんだフランスパン、セザレ・カマンベールは、カマンベールを挟んだフランスパン、フロマージュはチーズが香ばしいパン、どれも旨かった。休日の昼はこれやね。
詳しい場所等は、お店のウェブページを参照あるよ。
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2005年1月22日
久々の日記でございます。
つい先日、北千住の駅前での演奏や、イラストの販売の仕組みが気になり。駅前で自作のイラストを並べている子達にお話を聞いてみました。
どうやら、正式には区の認可が必要らしいのですが。自分が話しを聞いた子達は無許可で行っている?らしいです。
書類申請などに手間がかかるらしく、お役所関係には難を示していました。
その話を聞いて、もっとオープンに出来ないものなのかと、思った今日この頃です。
あっ、そういえば。
今更ですが、みなさま新年明けましてです。
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2005年1月21日
Bar Refuge 3周年感謝祭
管理人なじみのBar Refuge。2月1日で3周年を迎えることを記念して、祝3周年感謝祭を企画しているようです。
内容は、2月1日〜2月5日の間、
・ドイツ レーベンブロイ生ビール(グラス)
・ウイスキー 1ショット(IWハーパー・ジャックダニエル・メーカーズマークなど)
・カクテル(スピリッツ・リキュール類含む)
をすべて¥500にサービスしてくれるらしい。
この機会に北千住で気軽に立ち寄れるショットバーを探している方は、行ってみるのもいいかも。
Refuge の詳細は、こちらをご覧ください。

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2005年1月18日
骨格屋 はない
さて、先日管理人の姿勢を診てもらいに、カイロプラクティック「骨格屋はない」に行ってきました。骨格屋はないは、2004年の8月にオープンしたカイロプラクティックで、千住3丁目、イトーヨーカドーのすぐ近くにあります。
骨格屋はないの中はこんな感じ。管理人にとって、これが初めてのカイロプラクティック体験。日本整体カイロ療術連合財団公認のカイロプラクター、井口茂さんに診てもらいました。
骨格屋はないのカイロプラクティックでは、全身の経穴(つぼ)、経路、リンパの流れを調整し、全身の代謝を促す予防医学を重視しており、深層筋(インナーマッスル)と呼ばれる身体の凝り固まった筋肉、靭帯、腱を柔軟にしていきながら、骨格のゆがみ、ずれの矯正を行い、全身のバランスを整えていくそうです。
管理人は身体を動かすことが好きなので、週に1回はウエイトトレーニングもしており、健康にそこそこ気を付けているつもりだったのですが、鏡の前に立って丹念に診てもらうと、どうも右肩と左肩の高さが同じでない(笑)。また仰向けになって足を診てもらうと右足と左足の長さが同じでない(笑)。
これらは日常生活ではなかなか本人が自覚できない「ゆがみ」らしいのですが、姿勢の悪さやバランスの悪さから来るゆがみだそうで、骨格のズレが背骨のズレにつながり、腰痛、肩こり、内臓疾患の原因になったりするんだそうです。「がんばらなくても、良い姿勢を保てるようにする」ために、総合的に身体全体のゆがみをなおしていくことが大切なわけです。
60分の施術を受けて、再度鏡の前に立ってみると楽な姿勢なのに、右肩を左肩の高さがほぼ同じに戻っていました。背骨や腰骨のインナーマッスルのコリをなおしながら左右のバランスを整えることで、本来の状態に戻ったようです。実際に痛くならないとなかなか自分の姿勢というものは自覚できないわけですが、痛みが出てきたときにはけっこう重傷なわけで、普段から身体のメンテナンスを怠らないことの重要さがよくわかりました。
今回診ていただいた井口さんはスキー競技の選手と指導員もされていた方なので、スポーツで使う筋肉やトレーニングの仕方も非常に詳しく、施術していただきながら、いろんなことを聞くことができました。骨格のカウンセラーといったところでしょうか。
営業時間や定休日などの詳細は、カイロプラクティック「骨格屋はない」のウェブサイトを訪れてチェックしてみてください。

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2005年1月17日
鷹釜陶芸教室
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ちょいと前の話になりますが、去年の10月9日、台風が関東地方を通り過ぎていった日ですが、千住柳原で活動している陶芸教室「鷹釜陶芸倶楽部(たかがまとうげいくらぶ)」の年に1回行われるという作陶展に行ってみました。鷹釜陶芸倶楽部は笠間焼で有名な茨城県笠間で活動をされていた大久保義治先生が主宰されているんだそうです。
なかなか立派な作品ですねと思ったら、先生の作品だったりして(笑)。20数名の生徒さんがいらっしゃるそうですが、ユニークで個性的な陶芸もありまして、やってみると非常に奥が深いようです。
壁には陶芸の作られていく工程の説明があり、
1.成形。ろくろ
2.乾燥
3.素焼き 12時間ぐらい。ゆっくり冷ます
4.絵つけ
5.細掛け。コーティング
6.本焼き 20時間ぐらい。ゆっくり冷ます
7。完成
とあります。陶芸の魅力をたずねてみたところ、
集中して作る課程も楽しいですし、満足のいく作品ができあがった充実感もいいですし。楽しいですよ。
と返事が返ってきました。
千住で陶芸教室を探している方は、ぜひ連絡してみてください。
鷹釜陶芸教室
東京都足立区柳原2-22-6
03-3888-3860
主宰者 大久保義治
まで。
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炭火串焼厨房 元屋
週末、雨と風が強くて家でぬくぬくとテレビを観ていたが、以前から前を通るたびに満員で、通り過ぎるだけだった旭町商店街の「炭火串焼厨房 元屋」に行ってみることにした。このお店、去年あたりにオープンしたような気がするが、とにかく人気があるようで、いつも若い人で混み合っている千住の東口ではけっこう珍しいタイプのお店。行ってみると、無事にお店に入ることができた。
とりあえず管理人は泡盛・瑞泉。外の寒さに体がすっかり冷え切ってしまったので、ロックではなくストレート。焼き鳥と泡盛はよく合うんだぞ。で、メニューをみると、旨そうじゃないか。
月見生つくね
梅しそ生つくね
砂肝
皮
漬け物盛り合わせ
... etc を注文。
タレよりも塩が好み。おう、旨い。いくらでも入るな。
お客さんもお店のスタッフも若い人が多い。普通の居酒屋よりも洒落た雰囲気があって、うるさすぎず静かすぎず、一緒に来た人と会話を楽しむのにもちょうどよさそう。
ご飯ものがほしくなったので、さっぱり鶏ぞうすいをオーダー。これも旨かった。暖まる。
さすがいつも混んでいるだけあって、満足のいくいいお店だった。場所はこちら。

お店のホームページがあるようなので、出かける前に開店時間などをチェックしておくといいかも。
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2005年1月14日
ミーティング vol.5
今年最初のミーティングに参加されたみなさま、お疲れさまでした。
今回はいつものように東口の喫茶サンローゼでお茶して、4人集まったところで、腹も良い感じにすいてきたので、みんなで検討した結果、久しぶりに「あさり食堂」へ行ってみることにした。
来ると言っていたオオハシ君に連絡を取ってみると、仕事で来れないとのこと。残念がる彼の様子が目に浮かぶが、もしかするとミーティングで行くまでもなく、通っているとか?
この日は北風が冷たい底冷えのする夜で、路地の奥まったところの一軒家のように建っているあさり食堂に入ると、ほっとするぐらい外は寒かった。
管理人はとりあえず泡盛、他の3人はビールで乾杯。ガーリックチャーハン、本日のパスタ(和風だったか?)、たこの唐揚げ、その他あれこれを注文。ここあさり食堂はなかなか切れ味鋭い看板娘がいて、料理や酒を持ってくる彼女の独特な客あしらいを楽しみにしている客も多い。
もし東京で地震や洪水が起きたら、北千住周辺はどうなるんかな、何を備えていると便利かとか、保険に入ったほうがええんかなとか、神戸の震災のときはこうやったとかという話で盛り上がる。おそらく連日インド洋の大津波のニュースを見ているからだろう。そのうち仕事の話とか、最近見聞きしたことや、家庭観、結婚とか離婚とか、血液型とか性格とか、専業主婦として生きるか、自分の仕事を持って生きることとか、でも仕事って大変よねとか、占いはアテにならんとか、酒がすすむにつれて話のネタはあちらこちらへ流れていく。
会社の同僚でもなく、古くからの友人でもなく、仕事も生き方も生活環境も家族構成もそれぞれ異なり、北千住もしくは足立区近辺で暮らしていて、「きたせんじゅ・ねっと」を見てやってきたということだけが共通している30代の男女が4人集まって、平日の晩にあさり食堂で飲んでいる。普段あんまり外食しない管理人にしてみれば、これはこれで貴重な時間なのだ。
店を出たのは0時近くだった。では、また次回のミーティングで。
あさり食堂の場所はこちら。営業時間は忘れました。

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2005年1月10日
スリランカ・インド料理 シギリヤ
さて、北千住東口、旭町商店街をロッテリアを通り過ぎて税務署の手前あたりのビルの2階にオープンしたスリランカ・インド料理「シギリヤ」に行ってみた。
なんでも昨年の12月にオープン、スリランカから直輸入したスパイスを使用し、スリランカ人のシェフが作る本格的エスニック料理のお店だとかで、カミさんは豆のカレーと半ライスとナンのセット、管理人はシュリンプカレーとサフランライスのセットとスリランカのビール「Lion Lager Beer」をいただく。辛さはマイルドとホットが選べるが、迷わずホットをオーダー。
お味の方は、シュリンプカレーはエビの味にスパイスが効いておいしい。サフランライスと合わせていただくと、辛さがマイルドに感じられてグッド。カミさんの豆カレーのほうも味見してみると、シュリンプよりはややマイルドな感じ。辛いものが好きな方は、ぜひおすすめしたい。
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営業時間は10:30〜21:30。ランチタイム11:00〜14:30は食べ放題のバイキング。定休日は月曜日。
スリランカ人の親父さんが、出迎えてくれるだろう。
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2005年1月 9日
音楽の街、北千住
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話は1月7日にさかのぼったりするが、Live House Dandelion にて、友人のブルースハーピニスト、チェンマイ氏がホストを務めるBlues Session に行ってきた。

このBlues Session は、毎月第一金曜日の夜20時過ぎから23時まで行われるブルースをメインにしたセッションで、ブルース好きがそれぞれの楽器を持ってDandelionに集まり、ブルースを奏でる管理人お気に入りの企画。
この日の演奏はかなりハイレベルで、ドラム・ベース・ボーカル・ギター・ブルースハープにフルートが入るという稀に見る組み合わせもあり、非常に楽しめた。
北千住は探してみると、こだわりをもった音楽を聴かせてくれるお店がいくつかある。Eddie's Lounge, CRAWFISH, そしてJazz Birdland。
駅前では夜になるとギターを弾いているグループもある。私はフォークソングに興味がないので、たいがいは「なんじゃこりゃ」と思うようなグループだが、なかには人だかりができるほどのパフォーマンスを見せているグループもある。
よくよく考えてみれば、北千住は、音楽の街といってもいいくらい、身近に音楽が溢れているんだ。
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2005年1月 3日
橋戸稲荷神社を訪れる
さて、千住大橋の奥の細道・矢立初の碑の近くに小さな社があったので訪れてみた。名前は橋戸稲荷神社という。
かなり古い神社のようだが、説明によると延長四年(926年)に創建。現在の本殿は延徳二年(1490年)に建立、扉を開くと左右に伊豆長八(いずちょうはち)作の雌雄二匹の狐と稲穂の漆喰の彫刻が見られるとか。
裏手の方に回るとご神木だろうか、大きな銀杏の木が社に覆い被さるように立っている。
ひっそりと佇む小さな社。昔は鬱蒼とした木々に囲まれ、狐もいたことだろう。遠い昔の千住の風景に思いを馳せてみた。
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奥の細道 矢立初の碑
さて、七福神めぐりのついでと言ってはなんだが、千住大橋あたりまで足を伸ばしてみた。千住大橋の北千住よりのたもとには、江戸時代の俳人・松尾芭蕉(まつおばしょう)の「奥の細道」矢立初の碑がある。
資料によると、芭蕉は元禄二年(1689年)、門弟の曾良(そら)とともに深川より隅田川を船でさかのぼり、3月27日に千住大橋あたりで船を降り、「奥の細道」の旅へ立ったとある。
この時に詠んだのが、
行春や鳥啼魚の目は泪
ゆくはるや とりなき、うおの めはなみだ
の有名な一句。
意味は、過ぎゆく春を惜しむと同時に、旅立つ者に人ばかりか鳥や魚までが別れを惜しんでいるという意味らしい。
この後奥羽・北陸そして大垣へと約600里、およそ半年の旅を続け、道中に詠んだ俳句をもとに「奥の細道」を書いたという。
矢立初の碑の近くには、芭蕉の行程図も設置されていた。日付を追っていくとかなり歩くのが速いことに驚かされる。3月27日に千住にいた芭蕉は4月1日には日光に着いている。年末鬼怒川温泉へ旅行に行ってきたが、北千住から鬼怒川まで特急きぬで2時間はかかったぞ。人間そんなに速く歩けるのか?とにかくすごい。
前にとあるテレビ番組で芭蕉・忍者説というのを見たことがある。それによると当時東北で力を持っていた仙台の伊達藩の動向を江戸幕府に知らせる密命を幕府から芭蕉か門弟の曾良もしくは両者が受けていたのではないか、つまり俳句を詠みながら旅をするというのはそのカムフラージュだったという説が芭蕉の生い立ちや旅の足跡とともに紹介されていた。
なんでも芭蕉は1644年、忍者で有名な伊賀の生まれ。奥の細道の旅へ出発した芭蕉は46歳。忍者として特別な訓練を受けていないと40代後半の人間が、一日50Km以上を続けて歩くのは困難だと指摘する学者もいたとか。
でも管理人的には、実際のところそうだったらおもしろいのにな、という推測の域をでないような気もする。
夢がない?はい、ありません(笑)。あれはUFOだった、みたいなもんでしょ、そういう話。
松尾芭蕉を検索してみると
芭蕉と伊賀 -芭蕉生誕360年
というサイトが見つかったので、興味のある方は参照にするといいだろう。
矢立初の碑の近くには千住大橋がある。現在の武骨と言っていいようなデザインの鉄橋は昭和2年(1927年)に完成したものらしい。長さ92.5mの総アーチ型という当時としては最新の橋だったそうな。
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千住七福神めぐり Part.2
※新春恒例の千住宿 千寿七福神が、2008年の正月から、神社のみの新コースに変更となるそうです。以前設置してあった寺院ではなくなりますので、ご注意ください。詳細は、「千住宿 千寿七福神が新たなコースに」をご覧ください。
さて、穏やかに晴れた1月3日、元旦に行った千住七福神めぐり Part.1の続きに出かける。
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まず目指したのは千住仲町の氷川神社にある弁財天。説明によると、弁天様として親しまれ、音楽・弁舌・福徳・知恵・財宝をつかさどる女神として信仰されてきたという。この弁天様は1689年に造られたものだとか。
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お次は源長寺の寿老人。源長寺が開かれたのは1610年ということだが、最近建て替えられたのかずいぶんと新しい。寿老人はボケ封じの効能があるらしい。これで七福神すべてを制覇。気分いいなー。
七福神めぐりを終えた感想は、まず千住は歩いてみるとかなり広いことと社や寺があちこちにあることがわかった。なかなか立派な神社や小さいけれど味のある社があったり、発見が多い。散歩好きな方には、歩くのにちょうどいいコースなので、ぜひトライしてみてください。
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2005年1月 1日
千住七福神めぐり Part.1
※新春恒例の千住宿 千寿七福神が、2008年の正月から、神社のみの新コースに変更となるそうです。以前設置してあった寺院ではなくなりますので、ご注意ください。詳細は、「千住宿 千寿七福神が新たなコースに」をご覧ください。
あけましておめでとうございます。今年もきたせんじゅ・ねっとをよろしくお願いいたします。
さて。実は管理人、これまで無精して千住で暮らしていながら(去年の正月はいなかったけれど)七福神めぐりに行ったことがなかった。外を見ると屋根の上に雪が残って寒そうだけど天気は良いし、今年の正月はどこにも行く予定がないので、散歩がてら、カミさんと二人で千住七福神めぐりに出かけてみることにした。
旭町の自宅を出て、駅前のロータリーからマルイの角を右に折れて土手のほうに歩く。まずは長円寺に行ってみた。
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はい、これが布袋さん。この太っ腹、貫禄十分。
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お次は千住本氷川神社。こちらは大黒天。賽銭を入れ、柏手を打って北千住とともにきたせんじゅ・ねっとがさらに発展するように願う。きっと管理人の願いは叶えられるじゃろう、と大黒さまの声がする(ような気がした)。
おみくじを買ってみた。これはおみくじと一緒に七福神をかたどった小さな金のお守りがついていて100円。ちなみに大吉。今年は良いことありそうだ。
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お次は勝専寺。こちらは毘沙門天。なかなかかわいらしい。だんだん日が暮れてきた。急がねば。
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お次は不動院。千住はこうやって歩いてみると神社やお寺が多いことに気が付く。こちらは福禄寿。大望の神さまらしい。年齢千年の仙人で知恵と立身出世を授けてくれるのだとか。
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お次は千住神社。千住にこのような大きな神社があるとは今まで知らなかった(知らなさすぎ?)。こちらは恵比寿さま。確かに左脇に鯛を抱えておられる。
この恵比寿さま、土台を押すと横に回転するような仕組みになっており、男性は左方向へ三度回し、白いハンカチで鯛のおでこをなでると、願い事がかなうとか。女性は逆に右に回すと良いらしい。私は白いハンカチを持っていなかったので、代用品としてデジカメのソフトケース(布製)でやってみた。きっと願い事はかなうだろう。
振舞酒をいただく。金箔入りでおいしかった。おじさんにすすめられて、二杯も飲んだ。
ここで16時をまわり、後二つの神様を残しているが、日が暮れてタイムアップ。千住七福神めぐり Part.2に続く。。。
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